2007年12月6日更新
堀 眞の「私の消費者行動論とマーケティング学」(シリーズ連載 その16)

 

 未知の市場、未来の姿、人気の構造の変遷を、どうとらえるか

 

高関与商品と低関与商品


この関与というのは、これまで述べたように、人間の相の移動にかかわるわけですが、商品、サービスの側に注目した場合も、高関与、低関与というカテゴリーわけができるのではないかという主張がなされてきました。一般に、高額商品で、専門商品、買い回り商品と呼ばれる商品、サービスに対しては、人は高関与になりがちで、日用雑貨、飲食良品など最寄品のうち低価格品なものに対しては低関与に留まるから、商品、サービスをそう二分できるというのです。こうなると、これまでのマーケティング理論とか、広告理論などで展開されてきた理論は、これを十把一絡げで考えるのではなく、ものによってはこの分水嶺で二分して考えた方がより現実に合うということになってきます。昔は、というか今でも、購買行動に至る段階説に、AIDMA理論という説がよく引き合いに出されます。
Attention(注意)→Interest(関心)→Desire(欲求)→Memory(記憶)→Action(行動)という流れで人は行動に至るという段階説の各頭文字をつなぎ合わせたのが、このAIDMA説なのです。これはもっともらしいのですが、はや、1960年代ころからこれに対する異論は出始めています。注意=Attentionが先行することも大ありだが、行動=Actionが先行する事例も結構あるのだというようなことを、アメリカの代表的な広告代理店でディレクターとして働いていたT.ジョイスらが当時いい始めていました。で、よくよく調べてみるとそれはどうも本当らしく、今述べてきた低関与商品でよく当てはまるようだということが分ってきたのです。どういうことかといいますと、安いガムなどの場合、消費者の買い物というのは、行動に先行するAIDMというステップ不在でいきなり店頭の棚から無意識に近い形でサッと買い物かごに入れる、つまり行動先行型の購入がみられる。その後家に帰って、食べようとした際、よく見ると最近テレビで盛んに宣伝している商品であることに気づく。そこでやっと注意し、その後のIDMの全てかどれかが生起し、次の行動に結びつく、あるいは、それがまずかったりすると、逆に次回からははずされる、などのパターンがみられるというのです。

図22

図22


関与の高低で人間あるいは消費者行動を左右する裏事情がだいぶ違ってくるという話がこのように多いのですが、私があえてこの概念に着目してここで縷々語っているのは、私の話の基本モチーフがやはり“動態”にあるからです。どういうことかといいますと、ひとつは、私がかって多用してきた感度尺度分析で、感度軸に対して購入意向、選好などの指標が右上がりのパターンを顕著に示すのは、先ほど触れた、高関与タイプの商品、サービスに多く、低関与のタイプにはそれがあまりみられないということです。つまり、高関与タイプの商品、サービスへの傾斜は、高感度つまり革新性の強い人々で強いというパターンが随所に現れる。そしてそういう商品、サービスについては、いわゆる口コミという情報、つまり商品、サービスの評価をめぐる情報がさまざまな形で流通し、購入の意思決定に大きな影響を与えているのですが、その情報が、どうも、感度軸右の高感度層から、左つまり感度低分位層の方に流れている気配が濃厚だというデータがみられたのです。先の図10や図11はそれを示唆するデータです。このことを下敷きにして考えた場合、先に私が感度料理VALS添えと呼んだ分析の枠組みで示した関与の高低で右上あるいは左下への移行仮説が正しいとすると、この口コミ情報というのは図22のように右上から時計周りと逆の形で下方へ流れていくのがメインストリームではないかという仮説が出てきます。これは、単に観念論ではなく、その気になればこの分析の枠組みに沿って意識的にデータをとって分析すれば実証可能なことなので、関心ある方は挑戦してみていただきたいのです。

  

供給側の共通因子

さて、これまでのところは、“動態”を考えるに当たって、もっぱら消費者の側に焦点を当てて考察してきましたが、感度軸を通してこれまで見てきたようなデータがでてくる理由といいますか、それが必然となるような論理、ないしこの世の中の実態が何かということを、私はその反対側に位置する供給者側に目を向けて考えてみました。それが、下の囲みに私が四半世紀ほど前に書いた仮説です。このことはついぞこれまで客観データで実証されるということはありませんでしたが、今も大筋で正しいものではないかと私は思っています。私が最も関心のある“動態”というのは、消費者側の論理や動きだけからその道筋が決まってくるというのではなく、やはり、生産者あるいは供給側の論理、事情にも依存するというごく常識的な認識がこの仮説のベースになっています。

図10、11(再掲)

図1011

 

 仮説的メカニズム

感度を測定する12問は現在もっぱら、対象者である消費者を分類するために用いているが、これを生産者側に用いてみるとどうなるであろうか。これは筆者の仮説で、まだ試してはいないが、恐らく、生産者側の企画部門とか、開発、設計部門あるいは宣伝広告部門のスタッフには一般よりも感度高分位の人々が多いのではないかと思われる。また、広告会社のクリエーターと呼ばれる人々の中にも高分位の人々が多く、新聞記者や雑誌記者、テレビタレント等、媒体社の中にもそのような人々が一般よりも多い可能性が強い。
もし、そうだとすれば、そもそも新しい商品やサービスは、これらの人々によって作られ、その情報はこれとホモジニアスな高分位グループの人々によってコミュニケートされている確率が高い。ということは、高分位グループの共感を得られるような商品やサービスがつくられている可能性が高いと同時に、そのような商品やサービスの情報の方がそうでない商品やサービスの情報よりも全般にマスメディアを通じて多く流れている可能性が強いことを意味する。
このような状況の中では、高分位層に属する消費者は、彼とホモジニアスな人々がつくった商品やサービスにより強い共感を覚え、これを購入する確率の方がそうでない商品やサービスを買う確率よりも高くなるであろう。そしてそのような動きが実際に前売り段階で見出されるようになると、その種の商品・サービスの追加要求が前売り段階から出されるようになるであろう。そのような動きを通じて、やがてそのような商品・サービスの方がそうでないものよりも現実の市場で多くなってくる。このように現実の市場で数多く出回りはじめると、必然的にセールスドライブがかかり、高分位層以外の人々もこれに手を出すようになるであろう。そして市場が飽和に達すると不可避的に価格競争がおこり、ディスカウントセールが始まりだす。このようになると、価格以外にはあまり頓着しなかった低分位グループの人々もこれらの商品・サービスの購入を開始する。図23はファッション製品を購入する時に重視するポイントを感度分位別に示しているが、低分位層になるほど価格のもつ重みが増え、それ以外は減少するというデータはこのコンテクストの中で生き生きとしてくるであろう。以上の流れの中でもうひとつ強調しておきたいのは、情報の流れである。広告会社や媒体社の中に感度高分位の人々が多いという仮説のもとに、マスメディアには、これとホモジニアスな消費者高分位グループに共感を与えるような情報が盛られる可能性が高いことは既に述べた。そのような傾向は好むと好まざるとにかかわらず、また意図の有り無しにかかわらず、彼ら向けの商品の販売を促進するに違いない。この場合、情報により敏感な高分位層には、その種の情報がより強くアピールしていると思われる。それと同時に、前回のデータでみたように、対人コミュニケーションは感度高分位層のまわりで“密”なのに対して、低分位層付近ではこれが“疎”であり、情報の流れは高分位層から低分位層へ流れている可能性が大であるという調査結果が得られている(図10や図11)。このような結果は、個別商品ブランドや店舗を推奨するといった類の対人コミュニケーションがやはり、高分位層から低分位層へ流れているという仮説を強化している。したがって、情報の流れの面からも、新しいタイプの商品やサービスが高分位層→低分位層の順で採用されていくというダイナミズムの順当さが支持される。

図23

図23